Vol.165「スウェーデンの衝撃」  高部 圭司

 


「スウェーデンの衝撃」


高部 圭司
(NPO法人才の木理事長、京都大学名誉教授)


 


 

 もう25年以上も前のことになる。私はスウェーデンで研究する機会を得た。スウェーデンでの生活は驚きに満ちたもので、とりわけスウェーデン人の環境への意識の高さは衝撃的であった。
 例えば車のアイドリングストップ。12月の氷点下10℃にもなろうとしている夕方、駅前には家族や友人を待つ多くの車があった。どの車も窓は真っ白に曇っている。中をうかがうと、コートやジャケットを着込んだ人々がいた。極寒の中、車内でじっと寒さに耐えて人を待っている姿に、私は頭が下がる思いがした。
 大学内のカフェテリアでは、生ごみはすべて回収されていた。それらは郊外のプラントに運ばれ、メタンガスを発生させて公共交通機関のエネルギー源にしていた。確かに、街中を走るバスにはBiogasbusとの表示があった。

 


 

 私が住んだ集合住宅は快適そのもので、真冬でも24時間ずっと20℃にコントロールされていた。スウェーデン滞在中はずっと不思議に思っていたが、帰国後に調べてみると木質系バイオマスを用いたコージェネレーション(熱電併給)による熱供給であった。
 地球は今、大規模な気候変動という厄介な病気を患っている。世界全体のCO2収支をみると愕然たる思いがする。人為的なCO2排出量が年間およそ40ギガトン(Gt)に対し、陸域によるCO2吸収量が11Gt、海洋によるCO2吸収量が10Gtで、大気への蓄積量は毎年19Gtに及ぶ。
 人為的なCO2排出に対し、地球は半分程度しか吸収できていない。この病気に対する処方箋は、陸域、海洋でのCO2吸収の維持、拡大とともに、太陽光、風力、水力、バイオマスなどの再生可能エネルギーへの大規模かつ急速な転換、さらに省エネ、蓄電、CO2回収などの技術開発を強力に推し進めていくことではないだろうか。

 

 私が滞在したスウェーデンの人口は現在1000万人ほどで、世界人口の0.13%ほどである。人口だけでみたら小さな国が、地球規模の問題である気候変動に対し積極的に取り組んでいる。それぞれの国には様々な事情があると思われるが、それでも世界全体で積極的な気候変動対策は喫緊の課題である。
 持続可能な開発目標を達成するためには、安全な水を確保し、気候を安定させ、海や陸の豊かさを守るといった「環境」の保全が基本にある。「環境」の保全なくして、人として尊厳のある生活を送ることのできる「社会」の確立や、豊かな暮らしを営むことのできる「経済」は成り立たない。仲間の輪を広げながら、「環境」についてよく学び、何をすべきかを討議し、行動に移すことが今ほど求められている時はない。

 

高部 圭司

【プロフィール】

高部 圭司

NPO法人才の木理事長 京都大学名誉教授
1985年 京都大学大学院農学研究科森林科学専攻 博士後期課程修了。農学博士。
1985年 北海道大学農学部林産学科に助手として着任。
1989年 京都大学農学部林産工学科に助手として着任。
1995年 京都大学農学部林産工学科に助教授に昇任。
1997年 スウェーデン農科大学木材微細構造研究センターに招聘研究員として勤務。
2010年 京都大学大学院農学研究科教授に昇任。
2020年 京都大学を定年退職。京都大学名誉教授。
2021年 NPO法人才の木(http://www.sainoki.org)理事長に就任し現在に至る。
地球環境、森林、木材などに関する講演会、トークカフェなどを企画・実施している。

【著書】

「木質の形成 第2版」共著 海青社 2011年
「あて材の科学」共著 海青社 2016年
その他木材科学の専門書多数
「木は何を見てきたの?」高部圭司 訳 化学同人 2021年
「象は何を聞いてきたの?」高部圭司 訳 化学同人 2021年

ページの先頭へかえる