Vol.37 水都としての日本の未来 鈴木 慎也



水都としての日本の未来 鈴木 慎也

このたびトップメッセージの執筆を仰せつかりました福岡大学工学部の鈴木と申します。私は2013年8月から、1年の滞在期間で在外研究員としてオーストリア・ウィーンに来ています。「水都としての日本の未来」という高尚なタイトルをいただいたものの、私自身は水の専門家でもありませんし、何よりこの地に来てまだ3週間ほどが経過したに過ぎません。何かと不慣れな状況の中での乱筆をご容赦下さい。

せっかくの機会ですので、ウィーンの水供給システムについてご紹介します。実はアルプス山脈からの湧水を200~300kmにわたってパイプラインで供給するという大変興味深いものなのです。なお、ウィーン市は、2013年1月現在で約175万人、面積は約415km2、人口密度4,236(人/km2)です。オーストリア共和国の人口が約840万人、人口密度はわずか99(人/km2)に過ぎないことを考えると、首都であるウィーンに如何に高密度に人口が集積しているかが分かります。

どうやらその歴史は、16世紀にさかのぼるようです。(実際には古代ローマ時代にもこの地にまで水道の建設がなされたという記録があるようです) 記録が残されているものでは1553年に建設されたパイプラインが最古のもののようです。最初は宮殿等への供給のみだったようですが、徐々に今日の都市型給水システムへと変貌を遂げていきます。とは言え、初期のそれは供給能力が不十分であり、都市部では頻繁に水不足に悩まされたようです。その結果、約10,000にも及ぶ汲み上げ井戸の建設を誘発し、伝染病の発生を引き起こします。そんな紆余曲折を経て、現在のような2本の主要幹線からなる大規模水供給ネットワークが建造されたようです。

水源区域から都市部までの供給については、標高差を利用し、ポンプによる加圧なしで送水されるように建造されています。水頭差を利用して水力発電まで実施されているのは賞賛に値します。琵琶湖疏水を連想させますね。675km2にもわたる水源区域を広範囲に管理することにより、基本的には水処理なしで供給しているというも特筆すべき点です。(塩素消毒はなされているようです。) 実際、水質は良好で硬度も低いため、そのまま飲んでもお腹をこわしませんし、何より美味しい!

現在では、パイプの点検時などに補足的に地下水を用いる以外、全てこの水供給システムにより給水が行われています。給水量と水需要のバランス調整のため、30箇所の貯水池が建設されており、その容量は合計1,600千m3になりますが、これはウィーン市内4日分の水需要に相当する貯水容量とのことです。ちなみに、市内にまで到達した水については、地域によってポンプ加圧を行う地域があります、パイプライン・ネットワークの総延長は3,000km、100,000以上の住宅に接続されています。なお、ウィーン市内における住居は、大半がいわゆる集合住宅となっています。

という訳で、ウィーンの水供給レポート、如何でしょうか?オーストリアの国土事情を熟知し、しかるべき社会基盤を整備している点が大変興味深いですよね。塩素消毒のみでアルプス山系の天然水をほぼそのままの状態で首都にまで送水する方法というのは、オーストリアならではの発想です。もっとも、仮に日本で同じことをやろうとしても、そもそも東京都の人口は約1300万人、面積2,189km2、人口密度6,060(人/km2)と規模が桁違いですから、なかなか思うようにはいかないでしょう。それでも、利根川水系から東京・埼玉への導水など、かなり大規模な水資源開発がなされているのも事実ですが。

ところで、「水都」とは、“水が都市景観の形成において大きな役割を果たしている都市につけられた愛称”とのことです。それだけ、水の存在を身近に感じられる水資源の豊かな都市、ということになるでしょうか?実際、例えば私が居住している福岡市においても、水田開発による溜池等は多く残されていますし、街並みを注意深く観察すれば水路は至るところに散見されます。またそれが現在においても住宅地の外郭を構成し、都市景観の形成に大きく影響を与えていることが分かります。

一方、ウィーン市内を見ますと、用水路はおろか、雨水排除のための側溝も滅多に見かけることがありません。道路の脇には排水路らしきものはありますが、礫を敷き詰め傾斜をつけただけのおよそ簡易なものです。これは降水量が異なるため、当然だと思います。こちらの主要幹線道路は、もとの城壁部分であり、都市の基本骨格を形成しています。ドナウ河川についても、ほぼ原型をとどめていません。Donauとほぼ並行して流れるNeue Donau、さらにDonau Kanalの建設と多くの改変がなされ、その形状も無機質な直線状となっていることが多いです。

都市の姿・形は、歴史的な経緯もさることながら、このように国土事情、特に気候条件、地理的条件の影響を大きく受けると考えられます。こうした国土開発、都市開発の歴史は、我々人類が自然の脅威に対して闘ってきた歴史でもあるし、自然との共生を試みた歴史でもあると思います。近年では、人類の無秩序な開発行為により、我々自身が自然との共生を強く意識するようになった一方、東日本大震災により改めて自然の脅威をも強く意識することになりました。結局、我々人類は、如何に自然と対峙し、自然と共生を図るかが常に求められているのです。水は我々の生活にとってなくてはならないもの、水とのかかわりは、自然とのつきあい方を分かりやすく示しています。

皆さん、どうぞお住まいの住宅地を歩いてみて下さい。意外な場所に水路が敷かれていたり、それが思いのほか深い場所を流れていたり、その近辺で(土地の嵩上げにより)宅地の高さが数十cmもくい違ったりしています。これこそが、水都としての日本を形成する基礎となっていますし、我々人類が必死の思いで自然との共生に努めてきた歴史を物語るものでありましょう。その歴史をきちんと知ることこそが、未来への道しるべを記すものとなりましょう。


トップメッセージ(1)
トップメッセージ(2)
ヴェルデヴェール宮殿の横を流れ
る小川(排水用の溝も設計で生ま
れ変わる)
ガラスびんのリサイクルボック
スを回収する様子。
トップメッセージ(3)
トップメッセージ(4)
御存じフンデルトヴァッサーの
設計による清掃工場。
ウィーンの郊外の温泉保養地、
バーデンにあるベートーベン
の散歩道。せせらぎが気持ち
いい。






鈴木 慎也







【プロフィール】

鈴木 慎也(すずきしんや)

現職:福岡大学工学部社会デザイン工学科助教
東京大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科修士課程終了後、福岡大学工学部助手を経て、現職、博士(工学)、専門分野は衛生工学、廃棄物工学


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