Vol.25 世界を巡る有機物循環とそこから見える新しい世界観 楠部 孝誠



世界を巡る有機物循環とそこから見える新しい世界観 楠部 孝誠


有機物循環とは,植物の代謝を含む生態系の広い意味での食物連鎖にともなう物質循環のことである。厳密な意味での「有機物」の定義は広範に及ぶが,ここでいう有機物とは食料や飼料,木材といった生物起源の物質,いわゆるバイオマスと捉えてもらえればいい。つまり,有機物循環は,原理的に人間の生命維持における最も重要かつ基本的な物質循環といえる。
 現代における有機物循環は,人間の行う社会経済活動の量的拡大と質的変化に伴い,複雑化している。江戸モデルと言われるように,かつて有機物の利用と廃棄(再生利用)の流れは,循環を基調に都市と農村をエコロジカルに結び付けていた。しかし,近代化と経済発展のなかで有機物の流れは撹乱され,資源として利用されていた有機物が大量の廃棄物として取り扱われる環境負荷の大きいシステムが形成され,経済のグローバル化が進む中で,この傾向がますます加速しているように見える。

 ところが,有機物は相互に関連する一連の流れであるにもかかわらず,食糧問題として,あるいは農産物の貿易や流通の問題,農業・農村の衰退や廃棄物問題というように個別領域の問題として論じ,対応されることが非常に多い。
 たとえば,食品廃棄物を有効利用する取組みにおいて,堆肥や肥料,メタン発酵という資源化技術の部分ばかりが注目され,その再資源化物の受け皿となる農業や畜産業,あるいは地域のあり方を同時に議論することはほとんどない。農業や畜産業,あるいは地域のあり方を考えないで,安易にリサイクルを進めるとこれまでの焼却処理以上に環境への負荷を高めることになりかねない。

 それぞれ個々の取組みを否定するものではないが,有機物循環という視点でそれぞれの取組みを改めてみると,食や農業といったわれわれの生活の根幹に関わる問題が見えてくる。それは,今後,私たちがこの国の食と農をどのように再構築していくか,ひいてはどのような地域や社会を形成するかということにもつながってくる。
 とくに,有機物循環を通して,私たちの食と農という問題を考える上で,重要な問題の1つが海外からの食料や飼料,木材の輸入という点である。食料や飼料を大量に海外から輸入することについては,食料の安定的な供給面から問題視されるが,それ以上に,国内の環境や食の安全性の確保という点で多くの問題を抱えることになる。また,輸出国の環境汚染(水資源の浪費,森林伐採など)をも伴うことになる。

 わが国の人口と国土(農地)面積,さらには食生活の水準を考えれば,ある程度を海外に依存せざるをえないことは言うまでもないが,現在のような過度の輸入依存を改める方向を模索することは有機物循環という視点でも重要な問題である。
 そのためには,環境保全を含めた国内の一次産業の立て直しが必要になる。当然のことながら,農業をはじめとする一次産業の立て直しには,私たちの食をはじめとする生活自体のあり方を含めた大きな転換が求められる。

 これまでは,大量かつ効率的に食料・食品生産することばかりが優先されてきたが,これだけ食品廃棄物があふれている中で,このようなシステムが本当にいいのだろうか。食品の低価格競争が時に偽装問題や食品の安全問題を引き起こす温床になるような食のあり方がいいのだろうか。
 現在の輸入依存,大規模生産および流通の体制からの脱却は容易ではないが,食の供給側である生産者,食品加工業者や販売者の努力と私たち消費者の理解と行動によって,農産物の直売所などを拠点とした小さな流通圏をつくり,環境負荷の少ない地産地消や旬産旬消を実現し,地域の持続につながる食と農への転換を始めていかなければならない。 
 





楠部孝誠
有機物循環
                   図. 人間による生産活動を含めた有機物循環

【プロフィール】
楠部 孝誠(くすべ たかせい)

現職:石川県立大学生物資源工学研究所・講師
専門:環境システム工学
著書:「有機物循環論」(共著)、「東アジアの経済発展と環境政策(森晶寿編)」

有機物循環、特に食に関わる物質循環について研究しています。
現在は、その関連で農業や畜産業、農村地域の再生や環境教育といったテーマについても研究しています。

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