Vol.22 「アイデアと編集」 大橋正明



「アイデアと編集」 大橋 正明


アイデアとは過去の記憶の再生である。人類の有史以来その姿は変わらない。アイデアがまったくエピソードを持たずに突然ひらめくということはない。IDEE、永遠の存在への終わりの無い旅はこうして始まる。
平易な表現ではアイデアとは「こうありたいと願うこと」とでも言っておく。
先人たちの描いた膨大な記憶の糸を巧みにつなぎあわせる技のことをいう。

アイデアは時代時代で、記憶の編集というプロセスを経てその姿かたちを変えて誕生する。時代が変わるとは人の心が変化することである。
編集という技術が優れていればいるほど過去は内包される。そしてアイデアの新規性が視界に飛び込み、人々を魅了する。
質の高いアイデアは記憶の物語性に富んでいる。それはいつも寛容で示唆的で、そして歓びに溢れている。
今日のアイデアがつまらないのも記憶の容量が欠けているからである。構造を持たないからでもある。

さて、言いたかったのは「日本のアイデア」とは何だろう?ということである。
日本はアジアの東の端に位置しその気候風土は北緯50度あたりに位置する厳しい自然条件を克服することを前提とした西欧の国々と違い、四季、十二季節、文化感性としては二十四節季を持つ温帯地方の国である。周囲の海は豊かな資源を有し、国土は森に囲まれ比較的平野部が少なく、人々は寄せ合うように暮らす。

この恵まれた自然環境を最大限活用しようと思い付いたのが私たちの生活の歴史である。ここで生きのびるための様々な技術が展開されたのである。
比較的近郊に自然環境があることを強みとして人々はそこから生きる糧を得る。
山の幸も海の幸も細かな季節の移り変わりと共にある。

日本の生活史は棲息地にほど近い天然環境から如何に選び尽くされた材料を取り出すかが問われるものであったから貴重な資源を大切にする心は自ずと芽生え、同時に地域環境を見る目も養われていった。
従って自然から取り出す資源は奪うものではなく「いただくもの」という感性が当たり前である。私たちは制約された与条件を巧みに活かす技術を持つことで生きてきた。
二季性の西欧の文明と決定的に違うのがここである。

私たちは季節のように生き、旬を有難がり、その食べる営みは地域ごとにあるいは集落ごとに豊かで、同時に食べることにまつわる習慣は仕事を生みだし、産業を育て家庭文化や地域文化、道具文化、住まいの文化、遊びの文化、それのみならず伝承ということばの文化を編み出した。

四季降る国に住まう私たちは過ぎ去るものも知っている。すべては命あるもの、故に供養もする。針供養、人形供養から果てしない供養は続く。
儚いものもまたいのちと知るからこそ制約された中に歓びを見出す。欲しいもの、足りないものをとことん欲しがるのではなく、今、ここに在るものに歓びを見出す。
すなわち「自制の中に歓びがある。」そんな思考が記憶された民族なのである。

だからこそ「そんな悪いことをしちゃあ、おてんとうさまの下を歩けねえぜ。」と、したためることばの文化も発達した。これは立派なアナログ型ソーラー技術である。
メガソーラーだ、スマートだと業界は騒がしいが、少なくともそれが希望の星になるというのはやっぱりどこかで違っている。
目指すものは他にあるのだ。

話は変わるがちょっと昔の子どもたちは小刀を持っていた。竹トンボを作ったり鉛筆削りに活躍した。肥後守である。これで竹トンボの羽をうまく削って如何に遠くに飛ばすかに夢中だった。
大きい子は小さい子の竹トンボの面倒を診てやった。一緒に喜んだ。互いが同じことに楽しみを見出し、同じ環境にいることに安堵する。そこを守りたいと小さな心が願う。
それがふる里。

刃物はそのふる里の自然を正く知るための道具であり自然界への入り口の役割を果たした。自然が何であるかを知る情報センサーでもあった。実は1960年を境に、子どもたちの筆箱から刃物が消えた。ある事件を契機にである。そこから刃物は危ないものの象徴へと変貌した。
刃物の喪失と共に失ったものは無かったか?今、そこが問われている。

工業文明と消費社会は度が過ぎると理不尽な問題が次々に噴き出す。
その一番の問題は過大なストレスを地球と人間社会にもたらすことである。
環境問題と日本再生の決め手はとりもなおさず人間性復興の道を拓くことである。

豊かな自然観を持ち、お世話をする習慣が日常茶飯に繰り広げられ、小さな技術を生みだすことに長け、勤勉が身上の国。日本が世界に果たしうることは多い。
6852もの島々からなる私たちの国、日本は世界も羨むアイランドテラピー、癒されし国だったのである。






大橋正明

【プロフィール】
大橋 正明
みんなのヴィジョン創造研究所 代表
マーケティングジャーナリスト
3R・低炭素社会検定 実行委員

広告代理店時代から企業及び行政向け総合コンサルティング、国、行政、企業のまちづくりや住環境のコンセプト開発、コミュニティデザイン、大型施設の開発プロデュースなどを徹底して生活者視点で展開する。
現在は本来あるべきマーケティングを主軸に新しい文明社会への転換と持続可能な人間社会の価値体系の再編、それに伴う成長プログラムを研究。
企業と生活者の関係の抜本的な見直し、生活者がストレスを蓄積しない環境まちづくり、市場経済のみに頼らない「まちづくり経済」といった新しい概念で多様な生き方、暮らし方、働き方ができる社会の提案に取り組む。





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