京都に来てから15年あまり、「野に出て生活を学ぶ」という目線から、学生たちと丹後半島の農山漁村を訪れ、その地で自然と共に暮らしてこられた方々から、自然との付き合い方や生活の知恵、ものづくりの知恵などについて教えていただいています。 そうした活動のなかで、「遊び仕事」と出逢いました。遊び仕事とは、私たちも自然の一部であるという観点から、私たちが自然や環境のあり方を問う前に、まず、自然と人間の関係のあり方を問い直す、そういう環境倫理学という学問のなかから生まれたものです。 例えば、海でのタコやイカ釣り、山でのウサギ狩りや山菜採り、川でのウナギやサケ捕りなど、大人たちがわくわくと胸おどらせながら自然のなかに身を置き、獲物との出逢いを求め、同じ土俵で相手と向き合い、そして捕まえ、食べてしまう、そういう人間の行為です。 |
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タコ釣り。「食べたいな」と思ったらマダコを釣りに行きます。船を出さずに気軽にとれるので毎日行く人もいるようです。雨上がりには、なぜかマダコは止まるたびに体の色が真っ白になり、すぐ見つけることができます。この絶好の機会をのがさないように、雨が止むと、タコを探しに急いで堤防に駆けつけます。 ウサギ捕り。けもの道に太めの針金で輪をつくり、雪の上10センチくらいの、ちょうどウサギがはねる高さにしかけます。毎日捕れているか見に行くとのこと。ひと冬で10羽ほどの収穫があり、調理して食べます。 手長エビ漁。6月から12月まで由良川で手長エビ漁をします。モンドリ(捕獲カゴ)にサナギを入れて、由良川べりに10カ所ほど沈めておき、2日に1回仕掛けを引き上げると、ひとつのモンドリに7~8尾、計80尾ほどの手長エビが捕れます。この漁を教えていただいた方は、現在でも、この漁をはじめ、さまざまな自給自足的な生活を実践している方です。 人間の生活が自然からますます遠退き、それゆえに自然が荒廃しつつある現代において、このように、農山漁村の伝統的な生活文化として息づいている遊び仕事は、貴重な自然共生的な行為であると同時に、今では絶滅危惧的民俗文化であると言ってもいいでしょう。また、遊び仕事は、それを可能ならしめてきた豊かな自然があることの証しでもあり、その自然を保全することなしに、遊び仕事は成り立ちません。遊び仕事は、現代の私たちに、自然と対等な立場で相手(タコやウサギや山菜など)と向き合い、捕まえて、食べるという、ほん とうに自然と「つながる」ことができる自然共生体験の場として、重要な役割を担っていると思います。 2.「サブシステンス(自立自存)」な生活 私はもう一つ、丹後の農山漁村の生活が、イヴァン・イリイチの言う「サブシステンス」な生活であることに気付きました。「サブシステンス」とは、人間生活の自立・自存を志向する人びとの文化に見られる、特に交換を意図しないで、人びとがそれで十分こと足りて心も満たされる、自立的・非市場的な活動を意味しています。それは、現代の私たちの社会に見る「サービス漬け」の生活に対して、自分で歩き、自分で学び、自分で自分の身体を治す、そうした生き方の大切さを示しています。そこには、市場の「ニーズ」ではなく、自らの「必要」に対して自らが行動する「我唯足を知る」生き方でもあります。 丹後の山村でお世話になった桶職人さんのお話です。木枯らしが吹き始めた晩秋、薪の束を高く積み上げた「ニウ」を見上げて、「これでこの厳しい冬を越せる」と感じたそうです。まさに、桶職人さんにとっては、この「ニウ」が、冬を越すための使用価値であり、それ以外のなにものでもなかったのかもしれません。 また、雪の重みで曲がった根曲がり材を、田んぼ脇の農具小屋の屋根を支える「方杖(ほうづえ)」として利用したり、木の幹と二つに枝分かれした「三つ叉」のところを、道具(砥石台・写真)の構造として生かし、今でも使っている「ブリコラージュ(自然の造形を道具の形状として見立て、活用する)」の知恵も、この桶職人さんから学ばせていただいた「サブシステンス」な知恵です。 折しも、3.11東日本大震災後の復興に向けた人びとの生き方のなかに、現代の私たちが忘れかけていた「自分の力で生きる」「サブシステンス」な生き方の重要性を感じた方は少なくなかったと思います。 持続可能な社会づくりとは、私たちが、「遊び仕事」という自然との付き合い方を楽しんだり、先人の「サブシステンス」な生き方を学び現代に生かしてみる、その「行動あるのみ!」なのではないでしょうか。
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